かるがもショックから数日後。
これが、本家かるがもである。

気づいたのは、仮にキレイな水面の上であっても、
かるがもは背景に同系色、
判別しづらいということだった。
究極の脇役精神でできている、それがかるがも。

かるがもショックから数日後。

これが、本家かるがもである。

気づいたのは、仮にキレイな水面の上であっても、

かるがもは背景に同系色、

判別しづらいということだった。

究極の脇役精神でできている、それがかるがも。

かるがもショック

頭痛を感じながら残業をしていたら、上司から「かるがも」というタイトルのメールが送られて来た。

近所の川に来ていたかるがもです

・・・とのことで添付されていた写真を開いたら、

その川が汚すぎて爆笑してしまった。

茶色いヘドロがそこかしこに浮いていて、かるがもと同系色なので、

肝心のかるがもがどこにいるのか、一瞬、ウォーリーを探せみたいな気分になった。

とりあえず一羽見つけたけどそれは正解だったのか?

爆笑していたら近所の席の人が「クラゲもいますね」と教えてくれた。

ますます笑えた。

笑いすぎて泣いてしまった。

脇役が主役を食ってしまうキャスティングミスとか、

そもそも舞台設定に懲りすぎ観客のリアクションがそっちに持って行かれてしまうというような演出ミス、

さらには日常における、

主役よりも前説のおじさんが長く話しすぎる会社関係の歓送迎会など、

その手の事態のことを今後は「かるがもショック」と言うことにする。

それはきっと、慣用句として流布するに違いない。

違いない。

~ ~  ~  ~  ~  ~ ~  ~  ~  ~

  

そして帰りの電車の中、

思い出してまた笑ってしまった。

とても困る。

 

かるがも・オン・ザ・トレイン。

 

かるがもは簡単には忘れさせてくれない。

 

2013年5月9日

ダイス

どうにもこーにもな状況なので

ダイスを4つ買った。

STAY / DON’T STAY

DRINK / DON’T DRINK

HUG / DON’T HUG

の3つを職場のデスクに並べた。

むしゃくしゃしたら振る。

カツカツっと音を立てて2つに1つの解が出るサイコロは気持ちいい。

建前がなくて潔い。

逃げ場がなくて清々しい。

シンプルで美しい。

 

  

 

KISS / DON’T KISS

は仕事場にあるのはなんだかあれなので、家にぽつんとおいてある。

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多崎つくるについて語りたい。

友人が薦めてくれたので、村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ。

村上春樹はうっかり読むと心的にこたえる場合がなきにしもあらずなのでどうしようと思っていたけど、音楽や文学の趣味の合う(と思われる)人が「いいと思う」と言ってくれたのでただそれだけで安心し、今度は無性に読みたくなってしまって、連休を待たずして読み始めてしまったのだった。

これは想像もしていなかったけれど、多少なりとも私の癒しとなり力となるお話であった。

つくる君の場合は年上のクレバーな感じの恋人(?)との出会いがきっかけで、36才において、16年間の時をさかのぼって「未決」だった問題に向き合う。そうして今に向き合う。

偶然にも私にも「未決」の抽出に深くしまい込んだ問題はいくつかあって(それは誰にも当てはまることなのかもしれないけど)、さらに偶然にもこの数ヶ月間のうちに、その問題に向き合わねばならないような成り行きに私もさしかかっていた。ただし、つくる君ほどには、巡礼の旅を踏み出せていないのだった。

+   +   +   + 

(ストーリーおよび感想を大幅に飛ばしてしまうと)

「心から誰かを求められるというのは、なんて素晴らしいことだろう。」、この一節が記されていたことは大きな希望だった。

これは紛れもない事実なのだから。

春樹ワールドに出てくる人たちは、何かと物事を難しく深く考えがちで(それは北欧にいようがいまいが関係なく)、自分自身も非常にそうなので、「どんな言語でも説明するのもむずかしすぎるというものごとが、私たちの人生にはあります」というような「ものごと」だらけなのだけれど、にもかかわらず、あっけないほど簡潔に言い表せてしまうようなことも確かに人生にはある。

その一つが、私にとっては先の一節なのだった。そしてそれは希望なのだった。

+   +   +   + 

ここであまり本筋に関係ないどうでも良いことをふと書く。

名前の中に「色」があるかどうか、という話題がこの話には出てくるので思ったのだけど、わたしは水気のある名前の人が好きだ、わりと。

これは自分が魚座であり海にいくと落ち着く性質であり、水と相性がいいせいだと勝手に思っているのだけど、考えてみたら日本人の名字なんてのは、山とか川とか自然の恵みから発生しているようなのは多いので、もしかすると日本人の4人に1人は何かしら水気のある名前だったりするかもしれない。(・・・すると結構な確率で、わたしは誰かのことを「わりと好きな感じだ」って思えることになる。)

+   +   +   +

ところで、やたら私に刺さったのは、「自由を奪われた人間は必ず誰かを憎むようになる」という、アーノルド・ウェスカーからの引用。

 

どんな男と女からもわたしが感じ取るのはこのことだ。

+   +   +   +

春樹を熱心に読んでいたのはおよそ10年前の大学時代で、恐らく「未決」の抽斗に入った割と大物の問題も、およそ10年前にさかのぼる。

それ以降、わたしは××がうまく出来ないとか苦手だとか、人生の何かが損なわれた気がするとか失われたとか、そういう風に言えばそれはただの言い訳で、「過去にしばられたまま時を過ごすのは愚か者のすることだ」と誰か(例えばある種の自己啓発論とか)は言うかもしれないけど、どうしたって生きていたらそいうことはあるんだし、ある人にはあるんだから、そんな人生の中でこういう小説に巡り会うことはせめてもの幸せだと思う。

  

 

 冷たい夜の海に突如として放り出された後で、それをなんとか泳ぎ渡り、そしてその先に、希望を見つけられるとしたら。

同時に感じる痛みや恐れよりも、素晴らしさで胸が埋め尽くされるような、そんな熱い希望を。

 

2013年4月28日

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バンド練に出かけて終わったのが夕方、
の時刻だったのに空はまだとても明るかった。
寒くも暑くもなく涼しげで、風が時々吹いて、
桜の木はいつの間にか真緑で、
なるほどそういう季節ですか!
て思った帰り道。

バンド練に出かけて終わったのが夕方、

の時刻だったのに空はまだとても明るかった。

寒くも暑くもなく涼しげで、風が時々吹いて、

桜の木はいつの間にか真緑で、

なるほどそういう季節ですか!

て思った帰り道。

(Source: obsessiondot)

o z k n . n e t: 我ら、時 &1

wareratoki:

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ozkn.netをご覧のみなさまへ࿁࿀⃝◯⃝⎔ㅇ⎔


wareratoki:

さよならなんて云えないよ

15sec. TV Spot


ー From TakeiGoodman / 1995 Ozkn Film Archives.

土曜日が素敵であるように

このところ2週に1回は土曜日朝9時に渋谷の44田寮に集合で、

眠気と体に残るアルコールと戦いながら毎回、桜丘町の坂を上っている。

そうして同じような感じで戦いながら集まった、様々なバックグラウンドの人たちと学びをしている。貴重な時間。

お昼過ぎに会は解散になり昨日は学び仲間の一人とランチをした。

私と同様、会社では人材育成に関わっている彼女と仕事にまつわる様々な話をした。

一番皆のモチベーションをあげた施策のこと。「打てば響く」ような人ばかりとは限らない状況の場合、こちら側ができることは何なのか。役員が全員男、黒ずくめの重役会議が行われる企業におけるダイバーシティ推進の難とは。抵抗勢力とは。女の言い分、男の言い分とは。

このあたりでランチプレートを食べ終えたのでコーヒーを頼んだ。

そしてどういうわけか、コーヒーを飲みながら私たちがもっとも熱心に語り合ったのは、西島秀俊さんがいかにステキかということだった。

彼女は既婚だけど、もし西島秀俊とだったら結婚すると言った。

私は未婚で、ある理由からもう二度と恋に落ちたりなんかはしないんだろうなと思っているけど、もし西島秀俊とだったら恋に落ちるのは当然だと言った。

それから延々と、彼のどういうところがステキなのかを議論し、西島好きにとってバイブル的映画である『さよならみどりちゃん』のことに話が及び、私は久しぶりにその映画がまた見たくなってしまった。

例えば数年後の土曜日には、朝9時に桜丘町の坂を上ったり、ここでお茶して西島トークをしていたりはしなくって、渋谷からうんと離れた場所でテレビをつけてよく知らない人が映っているどうでもいい内容のテレビをただ流しながら朝ご飯の片付けをしていたりするとして、私は何を思うんだろうか。

 

二度と同じことのないこんな土曜日と西島秀俊が私は好きだ。


これから6月まで、毎週末、あつまって練習をすることにした勤勉なわたしたち。

オザケンと草野マサムネと筒見京平&松本隆史に並んで、わたしが世界中でもっとも素晴らしい作詞作曲家だと思うのは、わたしの友人だ。

新卒で入った会社で出会って二人でギターをやりはじめてもうすぐ7年目になるけど全然うまくならないね。

でもまた、メールで送られてきた新しい曲を聞いてわたしはちょっと感動しています。

あまりにも素晴らしいのだ、彼女の曲は。

とても短い時間の中に、とてつもないストーリーや心の機微が書き記されているような気がして心が震えた。

つくりこまれた映画とか、蓄積とか正論とか見栄とか外見とか、あらゆるものをやすやすと超えていく流れるようなメロディー。ことば。

複雑な編み込み

30代女性の生きづらさを・・・みたいな書評を新聞で見かけて、なんだか珍しくよしもとばななさんの小説など買ってみた。

20代で既に十分生きづらいですけどね、と思いながら。

「さきちゃんたちの夜」というやつ。

一番最初にのっている高崎くんの話を読んでいる途中でふと、そうだ、私には編集する人がいたらいいなと思った。

時々おこる雪崩のようなものを適度にせきとめたり、好き勝手多方面に散らばって行く熱をどこかに集めたり逃がしたり、する親身なくせに会社員的ドライさをもつ人が別にいたらもう少し首尾よくまとまった生き物でいられそうな気がする。

すっきりとまとまったクールな一冊であるために自分自身だけでどうにかしようとすれば途端にうまくいかないしとても疲れるし、なによりどうしてもつまらなくなってくるし、ならいっそのこと誰か別の人にまとめてもらうことにしてしまえばと。

幸い世の中にはたくさんの「自分以外の人」で溢れているので。

とかなんとか、くだらない感想を持つ。

o z k n . n e t: ozkn.netからみなさんへお知らせ∘࿀⃝◯∘༚࿁&1

wareratoki:

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突然ですがお知らせです。

さきほどhihumiyo.netで発表がありましたように

当ozkn.netは来たる4月24日をもちまして 一旦終了させていただく事になりました。

この一年の間にご投稿をいただいた大勢の方々、ご覧下さったみなさんに支えられて無事この日を迎えられた事を心より感謝いたします。

どうもありがとうございました。

みなさんの日常がたゆみなく続いて行くように 犬も吠えますがキャラバンはどんどん進んでいきます。

まだもう少し続きますが、終了後も hihumiyo.net ともども どうぞよろしくお願い申し上げます。


春の日に

ーozkn.net


Illustration:sucreusagiさん

1年とか1ヶ月とか1日とか、単位(区切り)のある時を過ごしてはいるけど、区切りすらあれどそれはきっとずらずらと続いて行くのだと暗黙のうちに思っている所がどこかあって、だから意外と、1年という区切りとともにそこで「終わる」ものって体験すること少なかったのかなと気づいて、はっとした。

学校とか会社とかも、終わると同時にまた新しいものが始まっていることが圧倒的に多いし。あるいは、新しい別の物が間髪いれずにその終わりになだれこんで、空白を一瞬すら生じさせてくれないこととか。多数。

なかなか味わうことないこの感じ。

大切な場が今まであって、そして1年間で、

もうすぐ終わります。

この新鮮な感じ。

過ぎてゆく日々を

wareratoki:

天使たちのシーン

ふみしめて 僕らはゆく