針のむしろに・・・

会社内で勉強会をした。

アイスブレイクを兼ねた最初のグループワークは「素晴らしいリーダーの行動特徴をあげてみよう!」だった。

こういう話題にさーーーーーーっととめどなく意見が出てくるのはさすがHRの会社の人たちだなあとか思う。別に知識として正解を知っているというよりも、それぞれに思う所があり、常日頃からなにごとかを思っている。

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ビジョンが明確

判断力

他人に関心を持つ、他者への理解力

逃げない、覚悟

軸がぶれない

伝える力、表現力がある

傾聴力

謙虚に学習し続ける

他者の強みを引き出せる

押しつけではなく内面からの動機付けができる

上下に公平

責任をとり部下に安心感を与える

想像力

弱みも見せられる

任せる力

…etc

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などなど色々出尽くしたホワイトボードが完成したところで。

ファシリテーター役が、管理職層の人たちに話題をふる。

「これ見てみて、どう感じますか?」

するともっともベテランの某管理職が言うに、

「いや〜針のむしろに・・・とはこの気分のことですわ(汗)」

自分ができてないことを素直に認めてしまう無邪気さは50代の彼のすばらしき長所だ。だんまりを決め込んで、どう感じているのか顔に出さない別の管理職よりもよっぽどいいかもしれない。

しかし、自分にできていないと認めることと開き直ることは違うさ!

君の惜しいところは無邪気さの先に無邪気な学びがないことだ!しばしば!

針のむしろにとか言いながら5秒後にはすっかり忘れて極上ベッドでおくつろぎになっていることを私は知っている!

その無邪気さの次に、「よーし!だったら俺もやってみよう!」という気持ちが続くことを私は願った。

たぶん、その場にいたほかの社員も願っていた。

自覚する、人から言われて気づく、受け入れるところまではベリーグッドなんだけどそこから次のステップにどうつなげるか?

これはいつだってテーマだ。

自分自身の成長についてもそうだし、

こんな無邪気な大きい大人をどうしたらより良き方へと導けるか、

それもまた、いち平社員としてのテーマだ。

明日もがんばろう。

祭り

二日間にわたって街中、神輿が練り歩いていたのだけれど、

片側二車線の外苑西通りの、横断歩道でもなんでもない所を悠々と突っ切って行くさまはなかなか迫力があった。

夕方近所に買い物に出かけたら、神輿かつぎのクライマックス的場面にちょうど遭遇して、そっと見学した。

私自身は更地にいきなりばーんと数十戸の家を立てたという、とある地方の分譲住宅地で育ち、その土地に「前々から伝わる」祭りとか儀式とかいったものとは無縁で、どこかの土の上に自分が根ざしているという感覚をひとつも持たずに大人になってしまった。そういうのって、心の中に常に無味乾燥なエリアを持ったまま育つみたいなもので、ほかの部分がどんなに成長したり増殖したりしても、そのエリアだけはぜったいに埋まらないわけで、別に死活問題ってわけではないんだけれど、なんだかなあみたいな気分は時々、たまに、ある。

一方で東京の街のほうにむしろ私は愛着とか、帰属とか、時の連続みたいなものを見いだしつつある。

東京生活のほうがずっと短いし生まれは違うので、どうしてもストレンジャーであるにも関わらず。

そしてこういう、土着的なものに触れると、いっそう感動したりする。

かけ声がまたすごい。

地軸から天空へ突き上げるように人の声があたりを揺らす。

小学校の時に社会だか音楽の授業で見せられたインドネシアあたりの島の祝祭とか儀式とかの、あの熱っぽい感じに似ていた。

土地と人のつながりというものを感じずにはいられなかった。

男も女もかっこよかった。

ところでこれにはどうしたら参加できるのだろう?

来年は私もかついでみたいんだけど・・・

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憧れの最近接領域を体験する

朝4時台に起きたのはサッカーワールドカップ以来かな。

数日前に思い立って今日から早朝6時25分からの「本屋で朝から英会話」に参加した。

英語は好きか嫌いでいったらまあ好きだと思うのだけど(つまり嫌いではない)、それでも私の周りには面白いことが山のようにあるわけで、またさらに、先にやらなきゃいけないこと、もままあるわけで、英語力を磨くという行為はずるずると後回しになってきた。

ここへ来ていよいよ仕事上の必要性と、単純にもっとできるようになりたいという気持ちとの、両方が盛り上がってきたのでえいや!で、Twitterのタイムラインに流れてきた「生徒募集中」のツイートに乗っかってみた。

そうは言っても平日週の半ばの、早朝で、家からも職場からも近いわけではない場所でやる英会話(10回分一括払い)というのは結構ヘビーなのでは?と一瞬思ったのだけど、B&Bていうのは素敵な本屋で、ひとけのない朝からあの本屋に入れるってのが楽しそうだ!というポイントが非常に、桁外れに高かったがために、自分でもびっくりするくらい気がついたら朝6時下北沢にいた。

人生で初めての英会話教室。

それってやっぱりナーーーバス!!

と思っていたのだけれど、オープニングで先生が10分くらい話をして、その間に私はけっこう感動していた。

この先生は、ほんとうに、人に惜しみなく与えたい人だ。Giving。

情熱もエネルギーも、心底、人のために使いたくて仕方ないんだ!

人生は切り開くものと思い、自分の周囲にそうしようとする人がいれば全力で協力したくてたまらない人なんだ!だってそれが楽しいし好きだから!

・・・ていうのがものの10分で伝わってきた。

別にすっごい熱弁を繰り広げたとかそいうことではないのだけれど、率直な物言いの中に、こういう気持ちのあるなしってすぐに分かる。

そしてそういうのって、デンパするよね〜〜

英語がどうとかよりも、ああ、この人のエネルギーに振動して私もぐいっと引き上がりたいな、あのへんまで、みたいな気持ちを抱いた。

素敵な朝だった。

普段、社会人の教育みたいなことに従事しているけれど、教える側から物事を見ていて、自分が純粋な学習者になれる場面は自分から意図的に作らないと、なかなかない。

そうしてみて改めて、または初めて、とてもよく実感できることがある。

やっぱり「伝授」「伝達」「注入」ではなく「揺さぶり」のイメージだなあ、私にとって教育とか学習ってのは。(本来)美しい鐘を、ごーーんと突く、みたいな。

一人でもくもく学ぶのも好きだけど、そこに他者が介入することの意義の大きさはもっともっと感じるしそのことに惹かれる。

去年の夏は教育界隈の色々本を読みあさっていて、中でもいたく感動したのが「憧れの最近接領域」という概念だった。

それは、・・・って説明しようと思ったけど長くなりそうなのでいったんこのへんで!

一応書いておくと、簡単にいえば、

「あ、この人とだったら、この人がいると、頑張れる」と思う事で、ぐーんと伸びる領域。

今は「潜在」していても、本来、発達の可能性を秘めている領域。

可能性を引き出すのは、他者の存在。

みたいな、ことだったというのが自分の記憶と解釈で、それを私は今日、自分で体験したような気がして、こういうのが学習の現場で常に、とは言わないまでも数多く世の中で発生しているようになったらいいなとか思ったそんな朝。

長くて短い一日だった!

(つづく)

※「憧れの最近接領域」という考えは『プレイフル・ラーニング 〜ワークショップの源流と学びの未来』(上田信行・中原淳、三省堂)という本で出会いました。とても感銘を受けて私の窓辺のいちばんいい場所の本棚エリアに置かれている。

まち(2年前の)

最近いろいろと考えたり迷ったりする機会(?)があって、自分がだいじだと思うことについて書いた文章の切れ端など見返してみようかと思ったときに、どこに立ち返ろうかと思ったときに、

私はこの人のこれが好きだった、ということをまっさきに思い出しておよそ二年越しの再会。

今読んでもやっぱり好きだと感じる。「応答」の仕方は二年たち自分が少しでも進歩していて欲しいとは思うけれど・・・!

wareratoki:





ああ 街は深く僕らを抱く!







わたしは、大学で建築を学んでいた。

なんで建築を学ぶことになったのか。

それは、自分の住む、マンションの周囲が急激に、開発され、とんでもない、まちなみになっていくことの理由が知りたかったから。

どうしたら、そうじゃないまちに育っていくのかと思った。







しかし、建築学科に入って学ぶことは、図面の書き方から始まって、その、本当の知りたいことにいつ触れることが

【不定期連載】部下から上司に薦めたい本

私の職場の同僚の、私の好きな所は、謙虚だけれど自分の意見がしっかりあって、自分の価値観や世界観がしっかりあるのだけれど他人のそれを躊躇なく吸収しようとするところ。他人に対する開かれた心と、柔らかい知的好奇心。

いわゆるベンチャー企業の「意識の高い」とか「成長意欲の高い」といった言葉でイメージされる人たちとは明らかに外への表出の仕方が違っているのだけど、(だいたい会社がベンチャーと真逆のような文化だし出過ぎず調和していることを何よりも重んじている所がある)好奇心や向上心、(”静かに”)燃えている情熱や強い責任感、みたいな所は共通だろうと思う。そういうものが分かりやすく外に出る人・外への出し方見せ方がうまい人と、そうでない人がいるので。

しがらみだらけのしかし安定業績の組織の中で淡々と粛々と業務にあたっている人たち=ぶら下がり社員、みたいなイメージを持っていた昔の自分を反省しなければならない、など思う。

私が軽い気持ちで、何かの会話やメールの中で、「そういえばこういう本があって・・・今の私たちの仕事にも参考になりそうと思って・・・」と言ったりすると、即、「へえ、じゃあ、私も読んでみたい」という反応が返ってくることがしばしばある。

近頃は横断的に4つの部署の人々で集まって、色々ディスカッションをする機会があり、それを通して三者三様ならぬ「四者四様」(なんて言葉はないのだが)の文化、マネージャー(上司)の働きっぷりを知る事ができた。改めて思うけれど誰の下で働くかによって毎日の体験が全然違う。時間が違う、そこで得られる内省のきっかけも交わされる対話も。(対話が皆無のパターンもある。自分の上司がそうだったらと思ったら背筋が凍ったけど会社員である以上いつそうなるとも分からないのだから良き部下としての戦略を練っておきたいと思った。)

ところで今日は『クリエイティブ人事』(曽山哲人)を読んでみたいという同僚(先輩)が現れたので貸す事にした。

さらさら〜っと雑誌のようにすぐ読める本だが一つだけ私は良かったと思っていて、それは、人事制度うんちゃらより、曽山さん自身のマネージャーとしての失敗とそこからの学び、その経緯が記されていることだ。

また、曽山さんが見てきた良いマネージャー(上司)の例、悪い例、も記録されていることだ。

「こう悪かった」の実例を書く人ってなかなかいないんじゃないかな?(関係者に悪くとられるのを恐れてなのかな。)あまたあるリーダーシップ論の学説よりよっぽど説得力(わたしにとっての学び)があった。

前述の4部署横断ワークショップの中で、人事評価について「本当に私をみてくれているの?」「お前は私の何をみて評価をつけるつもりなの?」という気持ちを抱くという話が挙っていた。そしてそれに対する解決法として、今のように人事評価のための面談とは別に、「面談ウィーク」を追加で設けて上司との対話を増やしたらどうか、といった意見があった。

そこで曽山さんの本の話に戻ると、まさにそんなエピソードが!

査定不満がほとんどでない部署のマネージャーに、その秘訣を尋ねた所、

「週に一回、面談してるだけですよ」

こういう話を読むと、そうか世の中には、そういうふうに実践して実際うまく回っている上司・部下関係が存在するのか〜と非常に実感こもって納得し、ますます、私たちは上司に対話を働きかけるべきなのだという考えをワークショップメンバーにフィードバックするに至った。

前置きが長くなったけれどここからが・・・苦笑

私はよくこういう本(人事とか人材育成とかリーダーシップとか組織開発とか)を読むのだけれど、よくよく考えたら、その中でなるほど〜とか思った事は、人事という自分の仕事に活かす、というよりも、

今スグ上司にすすめたい!

と思うものがあるな、ということ。ここにいいこと書いてあるから、実践してくれ!みたいな。

しかし今の所、「これ読んだ方がいいですよ」といって本を手渡すことはさすがに関係性をおそれてしておらず、(たぶんそんな風に与えて吸収するような人は既に学習してる)だいたい①か②の対応にとどまっている。

①本からの引用を、自分の学びとしてさりげなく報告する

「ちなみに最近知ったのですが〜〜さんの本でも××は効果的だと書いてありまして、私も今後は××をしてみようと思いまして、だってその方が〇〇のように良くなりますものね〜」

②たまに偶然?ナイスな対応を上司がしたときにはどこが良かったかを明記しながらめちゃくちゃ感謝感激・及び引き続きよろしく期待している旨をメールをする

※伝わりにくい相手にはくどいくらいに書く

「××、××を考慮の上で今回は〜〜という対応をして下さり本当に助かりました。私たち現場の社員は、××で××なことも多いので、今回のように××の観点で××して下さったことが非常にありがく思いました。本当に感謝です!引き続きよろしくお願いします!」

本当は仕事に関して個人的にどんどん学習している姿勢がない人などはあまり上司として尊敬できないけど、きっとなぜかそういう人がマネージャーなどになってしまっている場合も世の中いっぱいあるわけで、それにたいする案としては、部下側からのアプローチで多少なりともいい感じに変えたいよなと思う。部下側がいい感じの舞台を用意するのでその上で多少なりともいい感じに踊って頂きたい。(あえて手のひらで転がすという言葉は使いません。なるべくもっと夢のあるイメージで・・・笑)

で、とにもかくにもこの本はp.61あたりに付箋をはって、「部下から上司に薦めたい本」と認定致しました。輝くべき第一号です!おめでとうございます!(?)

「クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす」

曽山哲人 金井 壽宏  光文社新書、2014

※ちなみにここでいう『上司』は「わたしの上司」というではなくて、「上司」「マネージャー」という立場あるいは役割にある人々全般。

2014年9月2日